2009年 08月 01日

山梨開發協會

【山梨開発協会の趣旨】
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 大正6年6月、山梨自動車運輸株式会社は甲府駅~小笠原間に山梨県内で最初の定期乗合自動車を運行開始させ、大正13年には鰍沢乗合自動車会社と合併し、車両44台を有する県内最大のバス事業社となった。
 当時の山梨県内における公共交通は、バス路線ににより確保されていたため、中小業者が増加し、路線が競合するなどの経営面における問題点が少なくなかったことから、資本力の大きな事業者に自主的に統合する機運が高まっていた。こうしたことから、昭和2年6月1日に山梨自動車運輸と山梨公衆自動車、御嶽開発組合が合併して設立された新会社が『株式会社 山梨開発協会』である。


【山梨開発協会設立当時のチラシ】
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 山梨開発協会設立当時の本社は、甲府市相生町46番地に所在していた。


【甲斐名所案内】
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 山梨開発協会が発行した山梨県内の名所案内である。
 御嶽昇仙峡、身延山、下部温泉、西山温泉、富士五湖などの県内観光スポットについて、自社のバス利用を通じて紹介しているとともに、「甲府を中心としての自動車網の大整理」「御嶽昇仙峡を中心とする景勝開発」「新旧物産の整理及び創造」を自社の三大使命として掲げている。


【山梨開発協会の案内】
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 昭和2年の会社設立後、山梨開発協会は昭和6年には東部乗合自動車、8年に輿石自動車、10年に甲府自動車運輸、13年に八ヶ岳自動車、アサヒ自動車、14年に台ケ原自動車、16年に御嶽自動車、17年に三日月自動車と合併し国中地域のバス網を拡大させていった。
 この案内は昭和15年の春頃のものである。
 山梨開発協会はその後の戦時期における事業統合により、峡西電気鉄道、身延自動車と合併するとともに、百観音自動車、中央自動車商会、クラブ自動車、下部温泉自動車、武田神社バスなどを統合し『山梨交通株式会社』となり、昭和20年5月1日から事業が開始された。




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by kaz794889 | 2009-08-01 21:57 | 交通 | Comments(0)


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