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2009年 06月 21日

山梨桜桃忌と天下茶屋

 太宰治生誕百年・天下茶屋七十五周年記念桜桃忌と山梨桜桃忌が御坂峠天下茶屋等において、平成21年6月20日に開催された。

【御坂峠の天下茶屋】
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 『甲府市からバスにゆられて一時間。御坂峠へたどりつく。御坂峠、この峯の頂上に天下茶屋という、小さい茶店があって、井伏鱒二氏が初夏のころから、ここの二階に、こもって仕事をして居られる。私は、それを知ってここへ来た』(富嶽百景)
 御坂峠に木造ニ階建、八畳三間の天下茶屋が建設されたのは昭和9年の秋といわれ、建設当初は富士見茶屋、天下一茶屋などとよばれていたが徳富蘇峰の新聞紹介記事がきっかけで「天下茶屋」となったようである。
 富嶽百景の一節である「思ひを新たにする覚悟」で旅に出た太宰治が初めてここを訪れたのが昭和13年9月13日、同年11月15日までの三ヶ月余をここで過ごしたのである。
 天下茶屋の現在の建物は昭和58年4月1日に開店した三代目の建物である。

【御坂峠 天下茶屋の案内チラシ】
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 富士山と河口湖を一望できる天下茶屋の二階には、太宰治が滞在した初代天下茶屋の部屋が復元された太宰治記念館が設置されている。

【御坂峠・天下茶屋と河口湖分店・峠の茶屋の案内図】
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 山梨桜桃忌は御坂峠の天下茶屋で、太宰治生誕百年・天下茶屋七十五周年記念桜桃忌は天下茶屋の河口湖分店である「峠の茶屋」において開催された。



【御坂峠からの河口湖】
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 山梨桜桃忌の開催された当日は、御坂峠から天下一富士の眺望は残念ながら見ることができなかったが、太宰治生誕百年の節目である今年の山梨桜桃忌の例年以上の参加者による開催となっていた。

【太宰治の文学碑】
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 天下茶屋の一室における講演会に先立ち、昭和28年10月31日に建立された『富嶽百景』の一節「富士には月見草がよく似合ふ」を刻んだこの文学碑に山梨桜桃忌参加者による献花が行われた。

【御坂隧道】
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 平成10年1月28日に国の登録文化財に指定された天下第一の扁額を掲げた「御坂隧道」の天下茶屋側の口である。
 大正9年施行の旧道路法により、東京から大月、吉田、御坂峠を経由し甲府までの経路が国道8号線として指定され、この経路の改修が昭和6年11月に竣工すると東京から甲府が8時間で結ばれることとなった。
 昭和27年の現在の道路法による国道の再編成により、東京から甲府のは現在の国道20号線の経路となったが、昭和40年2月に着工された新御坂トンネルが昭和42年3月29日に完成し同年4月7日に供用開始となるまでは、この御坂隧道を経由する御坂峠は東京と山梨、郡内と国中を結ぶ交通の要衝として重要な位置を占めておりその往来も盛んであったことから、この場所における天下茶屋の役割は大きなものがあったと考えられる。

【「御坂天下茶屋」バス停】
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 天下茶屋への公共交通機関である、天下茶屋前の富士急「御坂天下茶屋」バス停である。
 太宰治が天下茶屋に滞在した当時の国道8号線であった、吉田と甲府の間に昭和9年には御坂国道バスが開通し、所要時間は1時間50分(吉田と御坂峠が50分、御坂峠と甲府が1時間)で結んでいた。
 昭和18年には戦時下における統合体制から富士山麓電鉄(現在の富士急行)に御坂国道バスは統合されている。
 なお、御坂国道バス時代、御坂峠のバス停留所の名称は「天下富士」であったようである。


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by kaz794889 | 2009-06-21 20:18 | Comments(1)
Commented by 凡苦楽庵 at 2009-06-24 13:34 x
御坂隨道を拙ブログにUPしようと、狙っていたのですが、先を越されました。7月8日に河口湖に行く用事が出そうなので、その時行ってみようと思っています。


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