2009年 06月 06日

【藤村紫朗 没後100年】 3 山梨県庁舎


【明治17年頃の書簡】
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 東海道総督府参謀 海江田武次が甲府に入った慶応4年3月12日が「本県立庁ノ日」とされ、甲府勤番追手御役宅(現在の甲府市役所及びその北側の一帯)が新政府による国事代理機関の庁舎となり、山梨県庁のはじまりと言われている。
 また、甲府勤番追手御役宅は明治10年11月に新庁舎が建てられるまで、山梨県庁として使われていた。



【完成当時の山梨県庁舎(手札写真)】
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 旧甲府勤番追手御役宅であった庁舎が官員増加に伴う狭隘により、県庁新庁舎の建設が決まり、明治9年11月、県庁は甲府富士川町の旧甲府代官所(現在の富士川小学校の位置)を仮庁舎として移転した。
 新庁舎は主任技師中川篤与が中心となり経費14,232円95銭を以って、擬洋風いわゆる藤村式建築により建設され、藤村紫朗が山梨県在任中の明治初期に積極的に建設された擬洋風建築の中でも、この山梨県庁舎は意匠、規模においても群を抜いた建築物であり、藤村の治世におけるモニュメント的なものであった。
 
 新庁舎の落成にあたり次の布達がなされている。
 「 甲第三百七号 第一区甲府錦町新築県庁落成に付き来る二十三日開庁同三十日より事務取扱候事右  に付来る二十四日より二十八日迄五日の間庶人庁中縦覧を許す
   右布達候事  明治十年十一月十四日 山梨県令 藤村紫朗」

  この布達に対し甲府日日新聞(明治10年11月16日)は、『いよいよお待ちかねの新築県庁お開きは来る二十三日と極まり二十四日より二十八日まで五日間の間は勝手に庁内の拝見を許されます、都合して是非とも五日間の間に拝見しておくがよろしかるべし。さて二十三日の開庁式には県官はもちろん上下残るところなく裁判官、区戸長、旧土木掛等ご招待にてその人員凡そ五百二十人もあり、用材運搬等に尽力せし二百九ヶ村及び新築に使役されたる諸職人一千人へも夫々酒肴料をくださるよし、実に御招待の多きことは甲斐国開闢以来未曾有うの盛宴たるべしという評判なり。』と伝えている。

━(甲府名所) 山梨県庁━ 
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 甲府日日新聞(明治10年11月27日)によると県庁新庁舎の開庁式と一般見学の様子を次のとおり伝えている。
 『御招待によりし人員は四百余人にて、県官と合せ其の総人員五百二十余人〔ご馳走に充てらるる為、牛三頭を屠りたる由〕にして、其の座組の大略は、県令を始め裁判支庁長、陸軍駐在官、県官、区長、学区取締総理、銀行頭取、弊社社主、記者等、百三十人余が正庁という大広間に、第六課と其の又隣室の二席に戸長、旧土木掛、甲府市中の書記等が、区村吏、教導職、神官が食堂の三席に分ち、いずれも二行又は三行にテーブルを並列し、その上に白木綿を敷列ね大花瓶に草花をさして各所に並べたるは、いと見ごとにて、料理は日本、西洋の混合にて日本料理は魚町の松亭が承り西洋料理は葡萄酒醸造果樹栽培方の授業師大藤松五郎氏の細君が承り、生徒並びに製糸工女二十余名之が手伝をなせりという。当日は儀式のみで諸人の総覧を許さる日ならねど、翌日からは雑踏で見物が出来難いことから市内四小学生徒「琢美、梁木、相生、師範校付属小学生徒」だけは格別を以って本日拝見を許され午後一時頃より毎校生徒、列を正して入り来る人員は凡そ一千三百人余にて、順次楼上、楼下を巡覧した後、一同へ菓子パン五ツ宛を賜りたり。夜に入り新県庁は勿論、勧業場、師範学校、銀行共、楼の上下及びフラフ竿より数百の紅提灯を釣り下げて之を點ぜると間もなく眼新しき(めあたらしき)機関(からくり)花火ありて勧賞の声は山岳も崩るばかりにて、其景況は恰も別世界を顕出せしかと疑われたり。翌二十四日よりは縦覧の初日なりしが、前夜半より雨天となりざる故、順延とり掲示ありて一昨二十五日午後より差許されたりしが、前日より甲府満街に溜り込みたる老少男女児が一時に詰掛けたることなれば、其群集譬るにものすごく怪我人もあらん勢なれば午後三時半頃一時門戸を鎖し、今日縦覧止という掲示ありしも、跡より押し来る群集は何も知らず無暗に押懸る勢いにて既に門戸を押破らんとせしを数十人の巡査人足等にて漸く防ぎ止め夫より俄に門外に丈夫なる手摺を設けらるるに至れり、此日属官一同にて拝見人へ与えようとしたが、其計算によれば、凡ろ半日足らずにて入込し人員は一万人余といふなり、昨日も今日も相替らず、おびただしく出懸けますが、二十五日の割合にては多分二万人からでござりませう、先年聖上お写真の拝観製糸機械開等の節も前後になき人出と申したるが此度は又右より数倍にたる人出でござります。』
【内容等一部要約】

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by kaz794889 | 2009-06-06 19:56 | 藤村紫朗 | Comments(0)


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