2009年 05月 16日

若尾銀行&若尾貯蓄銀行

 若尾銀行は、いわゆる甲州財閥の領袖の一人である若尾逸平により、明治26年6月1日に無限責任若尾銀行として甲府市山田町13番地(現在:甲府市中央2-12-30)に開業した。
(後の若尾貯蓄銀行となる株式会社山梨貯金銀行も若尾銀行の貯蓄部門として同一店舗として同時に開業している。)
 その後、無限責任若尾銀行は明治30年1月2日の組織変更により、新たに合名会社若尾銀行となった。
━絵葉書① 若尾本店━
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 若尾銀行及び山梨貯金銀行の店舗が置かれた若尾本店である。
 同時にこの建物は若尾本家の邸宅でもあったが、大正7年8月15日の夜、群衆数千人が蜂起した若尾家焼き討ち事件(甲府市における米騒動)により焼き払われている。
━甲府 若尾銀行━
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 明治38年10月、2年の歳月と経費五万円をかけた、左記の新店舗が甲府市八日町1番地(現在:甲府市中央2-12-18 NTT甲府支店の場所)に完成し、10月12日には若尾銀行と若尾貯蓄銀行(明治35年1月に山梨貯金銀行から行名改称)が新店舗に移転した。
 なお、この建物は昭和3年4月1日からは第十銀行八日町支店となっている。


━絵葉書② 若尾銀行営業室━
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 若尾銀行新店舗の営業室カウンターである。


【貯蓄預金通帳】
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 明治41年頃の若尾貯蓄銀行の貯蓄預金通帳である。


【営業案内】
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 大正中頃の若尾銀行及び若尾貯蓄銀行の営業案内である。本店の他に、東京、浅草、百石町、朝日町に各支店、淀橋に出張所が置かれていた。
 また、この営業案内には鳥瞰図による中央本線名勝案内と同線の飯田町・塩尻間の時刻表が附随している。


━絵葉書③ 若尾倉庫━ 
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 若尾倉庫は明治35年に設立し、同36年1月には若尾倉庫内に若尾銀行百石町出張所が設置されている。


 大正12年9月の関東大震災により、関連会社や京浜地区における取引先が壊滅状態となり貸出金の固定化や資金の流動性が欠いていったことや昭和2年3月の金融恐慌により経営が困難となったため、昭和3年4月1日に若尾銀行は県内店舗(本店、朝日町、百石町支店)は第十銀行に、東京地区の店舗(東京、浅草支店、淀橋出張所)は昭和銀行にそれぞれ営業譲渡され、若尾貯蓄銀行は昭和3年5月31日に東京地区の店舗(東京、浅草支店)は大阪貯蓄銀行に営業譲渡され、県内店舗は山梨貯蓄銀行に合併されていった。

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by kaz794889 | 2009-05-16 22:26 | 銀行 | Comments(0)


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