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2009年 02月 18日

「ほうとう」と節米報国

 国民生活の安定と挙国一致体制の強化を図るため、政府米を翌年まで相当大量に持越し米として確保する必要があることから、酒の造石や白米の禁止などによる米の消費制限を行うなど、全国的な節米報国の大運動が昭和15年頃から始まった。
 特に当時の山梨県においては、毎年20万石程度の米を他府県から移入することにより、ようやく県民の食糧を充足させていた状況であったため、節米を実践するための戦時食糧報国運動が強力に推し進められていった。

【戦時食糧報国運動のチラシ】f0191673_2214781.jpg


 山梨県における戦時食糧報国運動実施要綱において、実施事項のひとつとして『毎日一食程度は、ホウトウ、ウドン、ソバ、パン等の代用食を用ひる』ことを推奨させていた。
 このチラシは、昭和15年6月に出されたものであり、その文面には、甲州名物ほうとうを「毎日一食」食べることにより節米報国に努力しましょうと記されている。

【山梨 常会資料 第六号】
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 戦時体制の日本において、国から県を介して市町村に下された指令は、町内会から隣組へと、実情に合わせた様々な割当や指示が示されており、最終的な指示体制としては各戸が出席する隣組が開催する常会に下されて実行が命じられていたことから、山梨県は、昭和15年1月から『山梨常会資料』という広報誌を作成し、終戦の年まで定期的に発行されていた。
 この第六号は、昭和15年6月1日に発行され、その内容は貯蓄と節米特集号としており、戦時食糧報国運動についても、この号で詳細な周知を図っている。


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by kaz794889 | 2009-02-18 22:37 | 史料 | Comments(0)


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