2009年 01月 24日

甲府市役所と梁木学校

 明治22年に市制を施行した最初の甲府市役所は、甲府市柳町72番地(甲府法人会館(旧甲府商工会議所)が建つ現在の中央4-12-21)にあった、元甲府錦町外三十六町戸長役場をその庁舎とした。

【初代甲府市役所庁舎(旧梁木学校)】
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 この建物は明治7年2月16日に、藤村式建築により旧梁木学校の校舎として建てられ、明治21年2月まで校舎として使用されてきたが、相生学校との統合などにより梁木学校が廃校となったため、甲府総町戸長役場として使用され、市制施行とともに引き続き甲府市役所として使用された。
 その後、市政の発展による業務拡大により市役所庁舎としては狭隘となり、また建設後40年が過ぎ、破損・傾斜など使用に耐えざる状態となったことから、相生町53番地(旧春日小学校跡・現在:中央1-20-11)に新庁舎を新築することとなり、大正3年7月に着工、同4年10月17日に竣工式が行われ市役所は2代目庁舎に移転した。
 旧庁舎の跡には、大正14年4月起工、同15年4月完成の甲府商工会議所が建設され、国の登録有形文化財に指定されたその建物は、甲府法人会館として現在も使用されている。

【私立山梨実践女学校校舎(昭和5年頃)】
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 私立山梨実践女学校の前身は、大正5年9月、甲府市富士川町に開設された佐久裁縫女塾(開設者:佐久きく)である。
 大正6年3月31日に山梨実践女学校となった後、昭和2年8月に愛宕町の梁木館を校舎として使用している。
 校舎として使用した梁木館は、最初の甲府市役所庁舎を移築したものである。
 建物の状況から相当改修されてはいるようだが、大正4年10月の新庁舎完成後、富士川町(山梨英和学院の西側附近)に梁木館として移築されたものであり、昭和10年代前半に山梨実践女学校は甲府市二十人町に移転するが、梁木館の建物は昭和20年7月の甲府空襲までは残されていたようである。

【私立山梨実践女学校・全校生徒職員】
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 校舎正面の細部がある程度解る、昭和5年頃の校舎前である。

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by kaz794889 | 2009-01-24 23:17 | 史料 | Comments(0)


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