2009年 01月 12日

山梨県病院 

━山梨県立病院 本館━
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 山梨県病院の移転・新築に伴い、加護谷祐太郎(建築家・工学士)の設計により大正5年2月に完成した山梨県病院の本館である。
 大正5年2月27日に新病院の新築落成式が行われ、28日、29日の両日は新病院の参観日として一般市民にも開放され、3月1日から新病院における診療が開始された。

【明治42年 甲府市街図】
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 最初の山梨県病院は錦町6番地(左図で「県病院」とある場所:現在の中央1-11の南側)に、明治9年5月に建設(疑洋風建築(藤村式建築)の木造2階建)され、5月29日に開院式が行われた。
 その後、建物の老朽化等による改築の必要性から、明治43年3月に新築移転した山梨県師範学校跡地(左図「県病院」と「裁判所」の間の白い部分)に、病院が新築移転(敷地面積4902坪、建物総面積1727坪)することとなった。なお、旧病院本館などの建物は校舎用材として、大正6年に郡立山梨蚕業学校(現在の山梨県立園芸高校)が購入した。


【山梨県病院跡(中央公園)】
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 昭和45年10月26日に甲府市富士見に移転開院するまで病院があった中央公園。 

━山梨県立病院 庭園之一部━
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━山梨県立病院 廊下ノ一部━
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━山梨県立病院 汽鑵室━
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 北浦重之(大蔵省技師・工学士)に委嘱して完成した、山梨県病院の目玉施設でもある汽鑵室。

━山梨県立病院 X光線室━
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 レントゲン装置は、甲府市錦町の薬舗木綿屋の主人である成島治平(昭和2年から6年までの甲府市長)の寄附によるものであり、これにより山梨県で初めてのレントゲンによる診断治療が実施された。


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by kaz794889 | 2009-01-12 13:01 | 絵葉書 | Comments(3)
Commented by hirosan at 2009-04-21 20:54 x
初めましてこん○○は!!一番下の写真?のコメントに有る成島治平の曾孫に当たる者です。甲府市長経験者とは聞いておりましたが、レントゲン装置の話は初耳でした。失礼ですが、こちらの資料はどの様な物でしょうか?差し支え無ければ教えて欲しいのですが駄目でしょうか?ちなみに薬補木綿屋は現在も母が継いで営業して居ます。
Commented by kaz794889 at 2009-04-22 22:15
hirosanさま
 当ブログをご覧いただきありがとうございます。
 ご照会の件について回答させていただきます。
 「X光線室」の写真は、当方架蔵の「『山梨県立病院絵葉書』院内売店望月発行」9枚組の中の1枚を掲載したものです。また、成島治平氏がレントゲン装置を寄附したことの概略については、『山梨県病院史稿』(昭和15年5月29日:山梨県病院発行)の230ページに記述されています。(昭和57年3月15日発行の『山梨県立中央病院史』にも記述されていますが、その内容は前述の山梨県病院史稿の記述を基に概略化した内容が掲載されています。)
Commented by hirosan at 2009-04-28 14:41 x
こん○○は!お礼が遅く成りましたが、情報有り難う御座いました。当方も内容が知りたいので『山梨県病院史稿』(昭和15年5月29日:山梨県病院発行)を探して検索を掛けましたが、売り物や図書館等のデータベースにも無さそうですね。引き続きがんばって探してみます。どうしても駄目な場合は、勝手なお願いですが、ご協力願えないでしょうか?よろしくお願い致します。この度は本当に有り難う御座いました。


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