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2009年 01月 01日

甲府城 庄城稲荷神社

 甲府城の稲荷曲輪には、その名の示すとおり庄城稲荷という稲荷社が戦前期まで鎮座していました。

【甲府城内稲荷曲輪の案内板】  
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【甲府城内の稲荷社跡】
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【『庄城稲荷神社研究』】 
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 庄城稲荷神社については、『甲府城内 庄城稲荷神社研究』(萩原頼平著:昭和16年4月発行)に詳しく記されています。


 甲府城内にあった稲荷社は代々の城主、甲府勤番支配などから崇敬され明治維新を迎えましたが、維新後は祭祀久しく廃絶状態であったことから、甲府城附近の有志者により明治38年に復興されました。また、昭和3年9月には昭和の御大典記念として本殿、拝殿の建築。昭和13年8月には境内の拡張がなされましたが、社殿は昭和20年7月の甲府空襲で焼失しました。

 戦後、県有地(甲府城跡)における宗教施設といった問題などから、稲荷社は元々の稲荷曲輪に再興されることなく、現在は甲府城外濠端(甲府市社会教育センターの北側)に鎮座しています。

【稲荷社遠景】
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【稲荷社】f0191673_1626508.jpg


【稲荷社社殿】
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【御大礼記念碑】f0191673_16522651.jpg


  前述した昭和3年の御大典記念に係る社殿の建築における、奉建金寄附者の名前が刻まれています。
 この記念碑は、現在の社殿の真裏に建てられて(この碑と重なっている石碑は、近年の別の石碑です。)います。城内の社殿が空襲により焼失していますが、この記念碑を含め、水盤などの石造物は、現在も社殿の前に残されています。

【甲府城内・遊亀橋前の石造の灯篭】
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 遊亀橋の傍らに建つ、この石造の灯篭は、稲荷曲輪に稲荷社が鎮座していた戦前期に、社殿の正面鳥居の右側に奉納されていたものです。(戦後、この場所に移されたようです。灯篭の土台正面には「舞鶴公園」、側面には「奉納」の文字が刻まれています。)


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by kaz794889 | 2009-01-01 17:37 | 甲府城 | Comments(0)


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