2016年 11月 03日

山梨県庁旧館三階からの景観

【旧県庁舎三階北側の景観】
f0191673_14410616.jpg 「昭和5年12月20日 午後二時 快晴 県庁舎三階ヨリ議事堂附近ヲ望ム」と記録された、県庁旧館三階から北側、甲府駅方面を写した写真である。

 撮影位置と撮影方向のイメージは、後記の山梨県庁舎配置図のとおりである。

 山梨県庁旧館は、昭和2年10月1日に起工、同5年3月31日に山梨県庁舎として竣工しており、現在は山梨県議会議事堂とともに山梨県指定の文化財として保存、活用されている。

 二階部分が渡り廊下でつながっている後方の建物が、山梨県議会議事堂である。旧館の竣工後、間もない時期であるためか、写真にも写るとおり、構内の附属建物はまだ建設段階であり、雑然とした様子となっている。


 また、議事堂の後方に写る洋館は、甲府駅前東側に甲府駅開業と同時期に建設された甲府運輸事務所の庁舎であり、その右側及び後方は甲府駅の構内である。





【山梨県庁舎配置図】
f0191673_14405758.jpg 旧館竣工当時の県庁構内の庁舎配置図である。
 配置図の「庁舎本館」の左側の青色矢印の位置と方向が上記の写真の撮影方向等である。

 庁舎本館の後方に「倉庫」の記載があることから、上記の写真の右側に写る瓦葺の建造物は、倉庫に該当する建造物と考えられる。  
 また、写真に写る構内の状況から、県会議事堂の左側に記載されている「衛生検査所」等の附属庁舎はまだ建設途中であることが窺えられる。

















【山梨県庁旧館の背面】
f0191673_14412211.jpg 県庁旧館背面の現状である。赤丸表示したいずれかの窓から、上記の写真が撮影されたものと推察される。






















【山梨県庁旧館】
f0191673_14320668.jpg 県庁旧館正面の現状である。
























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# by kaz794889 | 2016-11-03 15:23 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 23日

第十銀行 営業案内

【株式会社 第十銀行 営業案内】
f0191673_12380127.jpg 山梨中央銀行の前身である第十銀行は、銀行類似会社である「興益社」として明治7年6月1日に開業し、その後明治10年4月15日に第十国立銀行として営業を開始した後、「国立銀行満期前特別処分法」に基づき、明治30年1月1日に株式会社第十銀行として営業を開始している。

 写真は、明治34年4月28日に本店営業室の大改修が完了した後に、顧客に対して配布された「株式会社 第十銀行 営業案内」と題する、本文23頁、附録17頁の小冊子形式の営業案内である。
 その内容等について『創業百年史』(昭和56年3月 山梨中央銀行発行)には「営業内容等を丁寧かつ平易に説明した当行最初の営業案内である。当時としてはきわめて斬新な印刷物で、預金銀行として顧客に対し深い配慮が払われている。内容は「店内の各係」や「店内の金銭受入れ支払いの手続」等の懇切な説明に加え、「諸預金」「貸付金及手形割引」「為替・荷為替・代金取立」等主要業務の説明や、コレスト類・印紙税の一覧などを掲載し、顧客の便を図った。」と記されている。

















【明治40年代の第十銀行本店社屋】
f0191673_12380607.jpg 明治34年に営業室の大改修を完了した当時の第十銀行本店は、旧島田組の建物の老朽・狭隘化により、明治22年11月に竣工した建物である。

 [当初の本店社屋については下記を参照]
  「島田組と山梨第十国立銀行」
   http://kaz794889.exblog.jp/11699021/
 
 写真は本店営業室の大改修御、明治40年代の第十銀行本店社屋である。(英国風門燈のついた正面の門は、大正13年3月に竣工した新社屋建設にあたり、当時の甲府商業学校(現在の甲府市立甲府商業高等学校)の正門として移築されている。)







在の同位置(山梨中央銀行 本店)】
f0191673_12374030.jpg 第十銀行本店社屋の位置には現在、第十銀行と有信銀行の合併により、昭和16年12月1日に発足した、山梨中央銀行本店社屋が置かれている.



















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# by kaz794889 | 2016-10-23 13:57 | 銀行 | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 24日

旧妙法神堂境内の石造物

【旧妙法神堂境内の石造物】
f0191673_11514155.jpg 旧増穂町と旧鰍沢町の境となる戸川に架かる戸川橋の南側、国道線から小室山妙法寺に通ずる小室路の分岐点脇にある、道路から数段高い石積みの植え込みに、何基かの石造物が建てられている。



















【遠忌塔】
f0191673_11515075.jpg 植え込みの中央に建つ正面中央に「南無妙法蓮華経」と刻まれた塔本体の高さ3.4m、幅2.1m、台座を含め4.4mの石塔は、文政12年10月13日に、日蓮の550年遠忌報恩のために建立された遠忌塔である。
 また、遠忌塔の右側には正面中央に「南無妙法蓮華経」と刻まれた元禄7年7月13日に建立された高さ1.87mの法界塔が建てられている。法界塔は小室山を法界に見立て、ここから小室山に至るための仏域が始まるとの趣旨で建立されたものと云われており、法界塔が存在するこの場所が、小室山に至る参道入口であることを示しているという。












【大正期の石造物】
f0191673_11520784.jpg これらの石造物が建つこの場所は、文政2年2月に建てられた妙法神堂の旧境内地であり、現在の妙法神堂は小室路の向かい側に移されている。

 写真は大正初年頃の旧妙法神堂境内の状況である。
















【現在の妙法神堂】
f0191673_11522081.jpg 国道52号線に面する、現在の妙法神堂の状況























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# by kaz794889 | 2016-09-24 22:33 | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 10日

「近代鰍沢教育発祥之地」碑と鰍沢学校

【蓮華寺境内の「近代鰍沢教育発祥之地」碑と副碑】
f0191673_15214486.jpg 「近代鰍沢教育発祥之地」碑は、南巨摩郡富士川町の日蓮宗蓮華寺境内に平成11年3月に建立されている。
 同碑の左側に建つ副碑「公立鰍沢学校」には、「この地に公立鰍沢学校が創設され近代鰍沢の教育がここに始まりました」と刻まれている。

 鰍沢学校の創立は明治7年11月1日(現在の富士川町立鰍沢小学校のHPは明治6年2月1日としている。)に、日蓮宗蓮華寺(富士川町鰍沢2321番地)の本堂を仮校舎とし「公立小学鰍沢学校」として開校している。 












【現在の蓮華寺墓地】
f0191673_15220202.jpg その後、校地を蓮華寺に隣接する通称「上の山」の中腹(現在の蓮華寺墓地)とし、擬洋風建築(いわゆる藤村式建築)による二階建校舎を明治8年5月1日に建設している。
 校舎建設に当たっては、村の課税と有志による寄付金、各戸からの小学校新築差加金としての拠出などを求め、その建築費は約1,300円、また、明治9年当時の生徒数は291名(男子222名、女子69名)、教員5名であったという。
 














【日興上人誕生霊地碑(甲州鰍沢ノ里)】
f0191673_15222096.jpg 明治40年7月には、新たな校地として現在の鰍沢小学校の位置(富士川町鰍沢1172番地)に新築移転し、大正12年9月1日には蓮華寺隣接地の校舎を廃止し、校地を一か所としている。
 また、大正14年5月には蓮華寺隣接地に残されていた旧校舎の一部を新校地に移築し、職員室、応接室、校室具としている。

 写真は大正12年11月に蓮花寺の旧校舎前に建立された、東郷平八郎の書による「日興上人誕生之霊地」碑である。
 碑の後方に写る校舎は、廃止後2か月を過ぎた頃の校舎であるが、明治8年の建設以来既に約50年が経過し相当の改修がなされているものの、いわゆる藤村式建築の様式は残されている。






【現在の「日興上人誕生之霊地」碑】
f0191673_15215306.jpg 旧校舎前に建立されていた「日興上人誕生之霊地」碑は現在、蓮花寺の入口付近に残されている。





















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# by kaz794889 | 2016-09-10 16:21 | 学校 | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 09日

穂積村 妙法寺の忠魂碑

【妙法寺境内の忠魂碑】
f0191673_16590656.jpg 南巨摩郡富士川町の妙法寺境内の忠魂碑である。
 忠魂碑表面には「忠魂碑」の文字と、その揮毫者である「元帥子爵 川村景昭 書」の文字が刻まれている。
 また、背面には「大正十四年十一月 帝国在郷軍人会 穂積村分会」と建設年等が刻まれている。
















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# by kaz794889 | 2016-09-09 17:05 | 忠魂碑 | Trackback | Comments(0)