2016年 08月 27日

向嶽寺 仏殿

【塩山 向嶽寺仏殿】
f0191673_22255581.jpg 甲州市塩山上於曽の向嶽寺は臨済宗向嶽寺派の大本山である。
 永和4年に甲州市塩山上竹森の地に草庵を結んだ後、2年後の康暦2年に恵光大円禅師 抜隊得勝(ばっすいとくしょう)により現在の地に向嶽庵として創建されている。
 武田家歴代の厚い保護を受け、武田家滅亡後には一時衰退したものの、徳川家康によって復興がなされたという。
 天明6年の大火により仏殿以下の堂宇が焼失後、文政11年頃に仏殿と方丈が再建されたという。
 再建された仏殿は、仏殿と開山堂を合わせて建立された複合建築となっており、仏殿の後方に開山堂を接続し、建物の内部と外観が一体として構成された姿となっている。











【(甲州塩山名所)向嶽寺】
f0191673_22251452.jpg 大正15年4月18日の火災により、仏殿上層の茅葺屋根を焼失し、その後、現状に復旧され、現在は江戸時代後期の大規模な木造建築の一つとして、内部・外観ともに変化に富んだ構成の妙を表した貴重な遺構として、平成8年2月8日に当時の塩山市の指定文化財として指定され、現在は甲州市の指定文化財となっている。
 写真は大正15年焼失以前の仏殿である。














にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします。


# by kaz794889 | 2016-08-27 23:08 | 寺院 | Trackback | Comments(0)
2016年 08月 08日

猿橋記碑

【猿橋畔の猿橋記碑】
f0191673_22335629.jpg 大月市猿橋町の猿橋畔に建つ猿橋記碑である。
 猿橋は古くから、周防の錦帯橋、木曽の懸橋とならぶ日本三奇橋の一つとして伝えられており、こうした猿橋の由来が刻まれている石碑が猿橋記碑であり、その碑文によれば、今から260年前の宝暦5年10月に猿橋記碑は建立されている。


















【明治後期の猿橋記碑】
f0191673_22343513.jpg
【猿橋記碑の碑文】
f0191673_22350620.jpg






























にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします。

# by kaz794889 | 2016-08-08 22:52 | Trackback | Comments(0)
2016年 07月 31日

石和町 遠妙寺の忠魂碑

【遠妙寺境内の忠魂碑】
f0191673_21221206.jpg 笛吹市石和町市部の遠妙寺境内の忠魂碑である。
 忠魂碑表面には「忠魂碑」の文字と、その揮毫者である「陸軍大将 子爵 川村景明書」の文字が刻まれている。
 また、背面には「大正二年十二月 帝国在郷軍人会 石和町分会」と建設年等が刻まれている。

















にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします。

# by kaz794889 | 2016-07-31 21:29 | 忠魂碑 | Trackback | Comments(0)
2016年 07月 23日

御嶽公会堂(旧金櫻神社参籠所)

【御嶽公会堂 正面】
f0191673_14115054.jpg  金桜神社の門前に建つ御嶽公会堂が、平成28年7月15日に文化審議会から文部科学大臣に対し、登録有形文化財に登録するよう答申された。

 門前正面に建つ公会堂は、その外観などから金桜神社門前の景観に合わせた建物であり、金桜神社の焼失前、現在以上に門前町の景観が残されていた当時の名残りを残す数少ない建造物のひとつである。














【御嶽公会堂 後方】
f0191673_14120011.jpg 文化庁の報道資料等によれば、御嶽公会堂は18世紀中ごろに金桜神社の参籠所(金桜神社への祈願のための宿泊所)として建設され、昭和10年頃に現在地に移築され、その後、地区の公会堂となり、昭和54年に現在の姿に改修されている。
 また、内部に柱を建てない大空間など参籠所としての特色を今に伝えていることが、登録有形文化財として登録される理由のひとつであるという。















【金櫻神社 境内図】
f0191673_14113875.jpg 左記の金桜神社境内図は明治期のものであり、赤く囲んだ部分が金桜神社境内に建てられていた当時の参籠所である。
























【金桜神社境内の参籠所】
f0191673_09230531.jpg 金桜神社焼失前に残されていた、旧国宝の東宮本殿及び中宮社殿は、昭和11年に大修理がなされ、また、それに合わせて境内全体の改修がなされていることから、その時期に参籠所が境内地から門前に移築されたものと思われる。
 写真の青く囲んだ建物が、境内地に建てられていた頃の参籠所である。














にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします。

# by kaz794889 | 2016-07-23 10:49 | Trackback | Comments(0)
2016年 07月 17日

富士見村 佐久神社の忠魂碑

【佐久神社境内の忠魂碑】
f0191673_22135858.jpg 笛吹市石和町河内の佐久神社境内の忠魂碑である。
 忠魂碑表面には「忠魂碑」の文字と、その揮毫者である「陸軍大将一戸兵衛書」の文字が刻まれている。
 また、背面には「昭和三年十二月建為 帝国在郷軍人会 冨士見分会」と建設年等が刻まれている。

  















にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします。

# by kaz794889 | 2016-07-17 22:31 | 忠魂碑 | Trackback | Comments(0)